社長を辞めて、
「会長兼お得意様係」になります!

長い間「社長」と呼んでいただき、ありがとうございました。
本年1月をもちまして、社長を退任いたしました。
後任は、息子の 村田裕樹 です。
私同様、どうぞよろしくお願い申し上げます。
さて、社長を退任し、これからは「お得意様係」
を始めることになりました。
せっかくなので、これまでの印刷屋人生を、
少しずつブログに残してみようと思います。
どうぞお付き合いください。
父と一緒に印刷屋を始めて、45年。
場所は 日吉 です。
「一緒に」と言っても、
父が最初から現場にいたわけではありません。
父は、写真屋をやめたあと、タクシーの運転手をしていました。
ある日突然、リョービの印刷機を買ってきて、
「印刷屋をやる!」
と言い出しました。
当時大学生だった私に、
「わしは忙しいから、メーカーに行って使い方を覚えてきてくれ」
と言い残し、
なぜか印刷は私の担当になりました。
当時、印刷は活版からオフセットへと変わり始めた頃。
小さなオフセット印刷機で安く印刷する会社はまだ少なく、
ありがたいことに、そこそこ仕事はいただけました。
とはいえ、父のタクシーでの稼ぎがなければ、
月末の手形を落とすのも大変な状況でした。
しかも最初から、
「借金も任せてくれました」。
キャッシングの方法も、
金利の高さも、
体で覚えさせていただきました。
銀行から借りられるようになったのは、創業3年目からです。
父が私に教えてくれたのは、
「高利貸から借りるな!」
「手形を切るな!」
ということでした。
でも、私は思いました。
「あれ? 機械は手形でしょう?」
この質問に父は、
「あれはマル専だ!
機械代にしか使えない、安全な手形だ」
と教えてくれました。
後で知ったのですが、
父は写真屋をしていた頃、
悪名高い O倉商事 という高利貸からお金を借り、
返済が遅れて乗り込まれたり、
融通手形で借金が増えたりと、
後始末が相当大変だったそうです。
経験者の言葉、重いです(笑)
結果として、
現在まで高利貸も手形も使わずにやってこられたことは、
本当にありがたいことでした。
大きな転機は、
父が大手スーパー ユニーさん から
仕事をいただくようになってからです。
それまでは、
店長さんが自分でリソグラフを使い、
B4チラシを1000枚刷るのに1日かかっていました。
この1000枚の印刷を、
1枚3円 で請け負うことにしました。
用紙が1円
裏刷って1円
表刷って1円
合計3円だと言う事です
今で言うオンデマンド印刷の計算式です
・車で30分かけて成瀬駅近くまで原稿引き取り
・製版20分
・印刷30分
・納品30分
用紙代、ガソリン代、私の人件費(時給370円)
計算すると――
ほぼ赤字。涙
それでも父は自信満々で、
「すぐに発注枚数が増える!」と言っていました。
半年後には3000枚、
1年後には1万枚。
1枚3円でも3万円の売上、
粗利は2万円以上です。
これが当たり、
日吉店、綱島、元住吉と広がり、
最盛期には ユニーさんへの売上は年商3億5千万円 にまで増えました。
今思えば、
自分が一番、調子に乗っていた頃です。
年商10億円を目指していた私は、
働いて、働いて、働いて、働いて、
夜中まで遊びました。
そして――
このあと、バブル崩壊です




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