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A4版のパンフレットを20種類、しかも数量が全部違う

44枚、53枚、67枚、38枚—-

きれいな数字は、ほぼゼロ

今回はオンデマンド印刷

だから、枚数を数える必要はないんです

指示通りに枚数でくるので、指示さえ間違えなければ大丈夫

問題はそのあとで、分けるのが大変です

仕上がった20種類を、個別に断裁

それぞれ指定枚数ごとにクラフト包装

44枚の束、53枚の束、100枚ならまだ“束”になる

でも40枚台、50枚ちょっと。

微妙に薄い

クラフト紙を折って中に入れ折る時に微妙に曲がる、、、

キレイに包みにくい(^^;

角を揃えて、空気を抜いて、テープで留める。

これが20種類分、地味に時間がかかる。

機械の仕事は正確、でも最後は手。

紙は再生紙、

少しグレーで、ところどころに黒い点が見える本物の再生紙(笑)

(かなり昔ですが、再生していない再生紙がいっぱい有って、

黒い点なんか皆無でした)

そして、少し腰が弱いので取扱いが・・・・

小ロットの時代

必要な数だけ、きっちり

44枚も53枚も、

それぞれに理由がある

大ロットの豪快さはないけれど、

今の時代らしい仕事、大切な資源を無駄にしない

印刷屋は、機械屋でもあり、手仕事屋でもある

今日はそんな一日でした

※実際に梱包作用してくれたのは家内です

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駐車場から始まったpage見学

今日、池袋サンシャイン60で開催された page を見学してきました。

実は、この日のハイライトは会場に入る前から始まっていました。

駐車場で車を降り展示場のエレベータを捜していると、

「あれ?」

なんと、株式会社アイコーの湖山社長とばったり。

まさかあの大きな駐車場のエレベータ前で偶然お会いするとは思わず、お互いに思わず笑顔。

展示会というのは、会場に入る前からご縁が転がっているものですね。

“会長兼お得意様係”としては、こういう再会がまず嬉しい。

懐かしい顔、新しい出会い

会場を歩いていると、今ではお付き合いのない会社の方々からも声を掛けていただきました。

「お久しぶりです」

「ブログ見てますよ」

なんて言われると、少し照れくさい。

長くこの仕事をしていると、

関係が濃かった時期もあれば、自然と距離ができることもある。

でも、こうしてまた笑顔で話せる。

それだけで来た甲斐があります。

これも“お得意様係”の大事な仕事かもしれません。

時代はどんどん進んでいる

会場には新しいシステムやサービスが数多く展示されていました。

効率化、自動化、デジタル連携…。

正直なところ、

「これはすごいな」

「そこまでやるか」

と感心するものばかり。

印刷の世界も、確実に次の段階に進んでいます。

45年この業界にいますが、

現場に立ち続けるだけでは見えない景色があります。

だからこそ、外に出ることは大事だと改めて感じました。

若い力に刺激を受ける

そして何より印象的だったのは、若い人がとても多いこと。

説明しているのも若い。

話を聞いているのも若い。

目がキラキラしている。

その姿を見て、

「まだまだ負けていられないな」

と素直に思いました。

会長になったからといって、

“昔話担当”になるつもりはありません。(結構してしまいますが・・・)

刺激を受けたなら、

少しでも現場に還元する。

それが“会長兼お得意様係”の役目です。

駐車場の偶然から始まり、

懐かしい再会と新しい発見に満ちた一日。

やはり、外に出ると学びがあります。

さて、次はどこへ顔を出そうか。

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人生で初めて救急車に乗った。
原因は尿管結石だった。

夜11時半、突然お腹が痛くなった。
トイレに行っても何も出ない。
12時半頃、急に痛みが引いてそのまま寝てしまった。

2時半、目が覚めたら痛くなくて少し驚く。
「なんだったんだろう」と思いながらまた眠る。

しかし5時。
今度は耐えられないほどの痛みで目が覚めた。
お腹だけでなく背中まで痛い。
痛み止めを飲もうとしたが、胃の病気だったらロキソニンは危ないとネットに書いてあり、水だけ飲んだ。
しばらくして吐き気。
痛みは全く引かない。

8時、9時になったら病院へ行こうと我慢していたが、
8時半、もう無理だと思いスマホを手に取る。
でも「こんなことで救急車を呼んでいいのか」と二度ためらう。
それでも意を決して電話した。

「救急ですか、消防ですか」
「救急です」と答えた。

救急車のベッドでベルトを締められ、足を伸ばすよう言われるが、伸ばすと痛い。
体温、脈拍、酸素濃度を測られ、病院へ状況が伝えられる。

搬送先は上白根病院。
看護師さんに「ゆっくり呼吸して、力を抜いて」と言われるが、痛すぎてそれどころではない。

MRIを撮ると言われ、これも初体験。
筒の中で「大きく息を吸って、止めて」と言われる。
圧迫感があり少し怖い。

不思議なことに、この時点で
さっきまでの痛みがほとんど消えていた。

治療室に戻ると医師に
「痛み止め入れますか?」と聞かれ、即答で「要ります」と言う。
座薬を入れてもらい、15分後。

驚くほど痛みがなくなった。

息子が迎えに来てくれた。
さっきまで大騒ぎしていたのが嘘のようで、少し恥ずかしい。

ふと30年前のことを思い出す。
父が尿管結石で病院に運ばれ、その時は僕が迎えに行った。
今度は立場が逆だ。

歴史は繰り返す。

先生に「とにかく水を飲んでください」と言われた。
これからは水を持ち歩こうと思う。

救急車に乗るほどの痛みだったけど、
結果的には色々なことを思い出し、考える一日になった。

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先日、社長を息子に交代しました。

大げさな式をしたわけでもなく、
いつも通りISO9001報告会を—-、
のつもりだったのですが。

社員のみんなから、花束をいただきました。
しかも、私と新社長の二人それぞれに。

正直、ちょっと驚きましたが
とっても、嬉しかったです!

そして、花束を抱えた瞬間、
「ああ、一区切りなんだな」と実感しました。

息子は息子で、
少し照れくさそうに花を持って立っていました。
社長になったとはいえ、
中身は昨日までと同じ息子です。

それでも、
社員のみんなが二人に花を渡してくれたことで
少しは実感したのかもしれません。

私は社長を退きましたが、
会社を辞めたわけではありません。
これからは「会長兼お得意様係」として、
もう少しこの印刷屋に居座る予定です。

給与も勤務時間も減りますが 笑

45年続けてきた仕事を、
こういう形で息子に渡せたこと。
そして、それを社員のみんなが
さりげなく受け止めてくれたこと。

花束よりも、
その気持ちのほうが、ずっと重たく感じました。

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「会長兼お得意様係」になります!

長い間「社長」と呼んでいただき、ありがとうございました。

本年1月をもちまして、社長を退任いたしました。

後任は、息子の 村田裕樹 です。

私同様、どうぞよろしくお願い申し上げます。

さて、社長を退任し、これからは「お得意様係」

を始めることになりました。

せっかくなので、これまでの印刷屋人生を、

少しずつブログに残してみようと思います。

どうぞお付き合いください。

父と一緒に印刷屋を始めて、45年。

場所は 日吉 です。

「一緒に」と言っても、

父が最初から現場にいたわけではありません。

父は、写真屋をやめたあと、タクシーの運転手をしていました。

ある日突然、リョービの印刷機を買ってきて、

「印刷屋をやる!」

と言い出しました。

当時大学生だった私に、

「わしは忙しいから、メーカーに行って使い方を覚えてきてくれ」

と言い残し、

なぜか印刷は私の担当になりました。

当時、印刷は活版からオフセットへと変わり始めた頃。

小さなオフセット印刷機で安く印刷する会社はまだ少なく、

ありがたいことに、そこそこ仕事はいただけました。

とはいえ、父のタクシーでの稼ぎがなければ、

月末の手形を落とすのも大変な状況でした。

しかも最初から、

「借金も任せてくれました」。

キャッシングの方法も、

金利の高さも、

体で覚えさせていただきました。

銀行から借りられるようになったのは、創業3年目からです。

父が私に教えてくれたのは、

「高利貸から借りるな!」

「手形を切るな!」

ということでした。

でも、私は思いました。

「あれ? 機械は手形でしょう?」

この質問に父は、

「あれはマル専だ!

機械代にしか使えない、安全な手形だ」

と教えてくれました。

後で知ったのですが、

父は写真屋をしていた頃、

悪名高い O倉商事 という高利貸からお金を借り、

返済が遅れて乗り込まれたり、

融通手形で借金が増えたりと、

後始末が相当大変だったそうです。

経験者の言葉、重いです(笑)

結果として、

現在まで高利貸も手形も使わずにやってこられたことは、

本当にありがたいことでした。

大きな転機は、

父が大手スーパー ユニーさん から

仕事をいただくようになってからです。

それまでは、

店長さんが自分でリソグラフを使い、

B4チラシを1000枚刷るのに1日かかっていました。

この1000枚の印刷を、

1枚3円 で請け負うことにしました。

用紙が1円

裏刷って1円

表刷って1円

合計3円だと言う事です

今で言うオンデマンド印刷の計算式です

・車で30分かけて成瀬駅近くまで原稿引き取り

・製版20分

・印刷30分

・納品30分

用紙代、ガソリン代、私の人件費(時給370円)

計算すると――

ほぼ赤字。涙

それでも父は自信満々で、

「すぐに発注枚数が増える!」と言っていました。

半年後には3000枚、

1年後には1万枚。

1枚3円でも3万円の売上、

粗利は2万円以上です。

これが当たり、

日吉店、綱島、元住吉と広がり、

最盛期には ユニーさんへの売上は年商3億5千万円 にまで増えました。

今思えば、

自分が一番、調子に乗っていた頃です。

年商10億円を目指していた私は、

働いて、働いて、働いて、働いて、

夜中まで遊びました。

そして――

このあと、バブル崩壊です

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スチレンボードでパネルを作らせていただきましたた。
サイズは 160cm × 60cm
A判でもB判でもない変形です、そしてなかなかの存在感。

今回は周囲にアルミフレームを付けています。
見た目はシャープで格好いいのですが、
そのままだと角が少し尖っていて、
うっかりすると手を切りそう。

ということで、
納品前にヤスリで角を丸めています。
見えないところですが、
こういうひと手間が意外と大事だったりします。

それにしてもこのサイズ。
宅配に任せるには少し不安なので、
今回は自分で納品に行くことにしました。

作るところから、
安全と搬入まで。
最後まで責任を持って仕上げます。

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(四六判換算の小話)

私がこの仕事を始めた頃は、
印刷業者のまわりはプロばかりでしたから、
紙の厚さで話が食い違う、なんてことはあまりありませんでした。

ところが、ほぼ素人だった私がその輪に入ると、
「なんで厚さを重さで言うの!」
と、心の中で叫びながら、
実は私ひとりだけ話についていけていなかった、ということがよくありました。

厚さで言ってもらえれば何となく分かるのに、
重さで言われても、当時はまったく理解できなかったのです。

しかし、紙の厚さをマイクロメーターで測ってみると、
グロスコートとマットコートでは、
同じ紙でも厚さがまったく違ってしまいます。

「だから、重さで表現するんだ!」
そこで初めて、重さと厚さの関係を理解しました。

先日も、
「135kgって、どういう意味ですか?」
「厚い紙ほど、kg の数字が大きいってことですか?」
というご質問をいただきました。

そうです。
『四六判(しろくばん)という大きさの紙を、1000枚重ねたときの重さを kg で表したものです』
とお答えしながら、
「この説明で本当に伝わっているかな……」
と、内心思ったりもします。

印刷物を手に取ったとき、
「この紙、何kgくらいかな?」
なんて少し気にしてみると、
昔の人の知恵のすごさや、
モノづくりの裏側が、ちょっとだけ見えてくるかもしれません。

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旧年中は、紙のこと、印刷のことを通して

たくさんのご縁をいただき、誠にありがとうございました。

年明けの紙は、少し空気を含んでいるようで、

触れると冷たく気持ちも新たになる気がします。

今年も

・紙選びの小さなヒント

・印刷の現場で感じたこと

・「これ、実はよく聞かれます」という話

を、少しずつお届けしていきます。

2026年も、どうぞよろしくお願いいたします。

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2025年もあと5日!

今年も一年、ありがとうございました。
たくさんのご縁に恵まれた一年でした。
日々の仕事の中で交わした何気ない会話やご相談ひとつひとつが、
振り返るととてもありがたく感じています。

誠に勝手ながら、
12月27日〜新年1月4日まで 年末年始のお休みをいただきます。
少しだけ紙から離れ、頭と手を休める時間にしたいと思います。

また新しい年に、
紙の手触りや印刷の話をしながら、皆さまとお仕事ができるのを楽しみにしています。

皆さま、どうぞ良いお年をお迎えください。

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横浜の印刷会社シュービの村田です

商店街を歩いていると、
“色が抜けたポスター” を見かけることがあります。
特に夏の強い日差しのあと。

これは印刷屋としては少し切ない光景でして・・(笑)

屋外に貼るポスターは、本来
・耐候インキ
・ラミネート加工
・UVカット
など、色あせを防ぐ工夫が必要です。

でも短期間の掲示だと、
「まあ、このままで大丈夫でしょ」
と普通の紙・普通のインキで作ることも多いんです。

その結果、紫外線に負けてしまい、
赤がオレンジに、青が白っぽく…
なんてことが起きるわけです。

もし街で色あせたポスターを見かけたら、
「これ、UV対策してないタイプだな」
と、ちょっとした“印刷屋の目”で見てみるのも面白いかもしれません。